日本のがんゲノム医療の未来を語る|プレシジョンメディシンの挑戦と展望
一般社団法人日本臨床プレシジョンメディシン研究会が主催する『第2回JCPMセミナー』が開催されました。日本のがんゲノム医療に関するパネルディスカッションでは、「プレシジョンメディシン」をテーマに、日本を代表する先生方がさまざまな意見交換を行いました。その様子をご紹介します。
パネリスト紹介
(写真左から)
一般社団法人日本臨床プレシジョンメディシン研究会 代表理事
江戸川病院 特任副院長
明星 智洋 先生
東京大学 名誉教授
榊 佳之 先生
医療法人社団 明世会 理事長・成城内科 院長
野村 明 先生
東京大学医学部附属病院 ゲノム診療部 部長/教授
織田 克利 先生
日本におけるがんプレシジョンメディシンの現状
明星先生:日本のがんゲノム医療は20年前に榊先生がプロジェクトを立ち上げて始まりました。それから20年経った今、日本のがんプレシジョンメディシンのどのような進化を遂げているのでしょうか?
織田先生:この20年間、様々な技術革新がありました。5年前にがんゲノム医療が保険適用となり、どのがん患者さんも少なくとも標準治療が終了する見込みになった段階で、保険でゲノム検査を受けられるチャンスができたのは非常に大きなことだと思います。しかし、その技術が全て十分に活用されているかという点では大きな課題があります。
例えば、ゲノムの異常に基づいた治療薬にアクセスする手段が整っていないという問題があります。適用外の薬剤にどうやって到達するかという薬剤到達性の問題もありますし、患者さんが治験に入りたい場合、その状態で治験に参加できるかどうかという課題もあります。こうした問題を解決するためには、がんゲノム医療の実施時期や情報へのアクセスの格差などの課題を克服していく必要があります。
明星先生:プレシジョンメディシンはハードルが高い。さらには知らない人もたくさんいます。そこで、薬剤の治療到達性が低いという問題について、現状どのような期待感があるのでしょうか?
榊先生:今のところ、多くの製薬会社が新しい治療法の開発を進めていますが、開発を断念するケースも多いです。企業が技術力、研究力、資金力の不足で新しい治療法に到達できない問題があるかもしれません。
日本の企業も開発中や断念したケースがあり、技術や研究開発力の問題に加え、資金的な支援が重要だと感じています。
プレシジョンメディシンの課題と取り組み
明星先生:プレシジョンメディシンを実現するためには、がんゲノム検査の保険適用、患者さんのリテラシー向上、薬剤への到達性、医療従事者の育成の4つの課題があると考えています。
現状では、がんゲノム検査は標準治療が終わった患者さんや希少がんの患者さんに限られていますが、これを早期に実施できるようにすることが求められています。しかし、混乱を避けるためには体制を整える必要があります。
さらに、情報の格差や保険適用の拡充時の影響についても議論が必要です。経済的な格差やリテラシーの向上を図りつつ、全国規模での実態調査を通じて、ゲノム医療をより多くの人々に提供できる体制を作ることが重要です。
織田先生:厚労省が示した今後の診療の形として、がんゲノム医療に関しては、自費診療であっても保険診療と併用できるという考え方があります。しかし、その場合、自費での外部遺伝子パネル検査など、さまざまなゲノム医療に関する検査を自費診療で行うことになり、経済的な格差という課題が出てくるかもしれません。
一方で、リテラシーの向上により、多くの方々がゲノム医療をより身近に感じるようになる。それによって、特定の経済的に余裕のある人だけが受けられるという状況が改善されるかもしれません。しかし、経済的な格差が残ると、ある人は受けられても、ある人は受けられないという状況が発生し、社会からの声が上がってくると思います。
第4期がん対策推進基本計画において、「誰一人取り残さないがん対策」と掲げている中で、混合診療や自費診療を取り入れることは、その根本的な目標と少し違う方向性になってしまうのではないかと考えています。本来は、検査のタイミングを早めることが望ましいと考えています。検査を早めてもやれる体制をしっかりと作ることが重要であり、前倒しにすることで医療現場が疲弊してしまうのではないかという議論は本末転倒ではないかと思います。
そのため、エキスパートパネルの簡略化や連携病院での自立したエキスパートパネルの実施など、やれる体制を整えるための取り組みが進んでいます。しっかりとしたキャパシティを確保しながら、ゲノム検査を提供できる仕組みが必要だと思っています。
明星先生:このゲノム検査を保険で行う際には、必ずエキスパートパネルを経過しなければならないという条件があります。しかし、ゲノム検査の数が非常に増えているため、毎週パネルを開催することが非常に負担になっています。これを簡略化したいという声がありますが、検査の数がどんどん増える可能性があるため、その仕組みを改善する必要があります。
在宅医療におけるプレシジョンメディシン
野村先生:当院は在宅医療を専門に行っています。当院に来院した患者さんの症例ですが、「KRAS G12C」という遺伝子変異が見つかりました。しかし、前の病院ではこの情報が患者さんに伝えられていませんでした。そこで、明星先生と連携し、患者さんはより多くの情報に触れることができ、喜びと共に現実と向き合うことができました。
在宅医療では患者さんに最も近い場所で治療を行うため、情報の提供が非常に重要です。しかし、情報を得ることで二次的・三次的な悩みが生じることもあります。
プレシジョンメディシンは強烈な光を充てる分、強烈な影もできてしまう、その辺りが問題点と考えています。ただし、今回の患者さんの場合は、プレシジョンメディシンを行なっていなければ、現在の状態の維持はできず、ご存命ではなかったと思います。プレシジョンメディシンのおかげで、箱根に家族で旅行に行けたり、家族との会話ができたりしたことが生きる糧となったということは、非常に大きな意味があると思います。
明星先生:通常、在宅で行うケアは緩和ケアとして行われることが多く、そこでがん治療を行うことにはあまり親和性がないと思っていましたが、実際には親和性があり、非常にやりがいがあるとのことでした。
在宅医療を行っている先生方はプレシジョンメディシンのことを知っているのでしょうか?
野村先生:まず、プレシジョンメディシンの情報に触れることが難しい現状があります。医師も情報弱者です。医師の皆さんが、さまざまな事例を理解し、患者さんに伝えられるようになることが大切です。
ただ、そのためには強烈な影もできることを理解した上で進めていく必要があります。お金の面はもちろんですが、薬を使うことで命が終わる瞬間が来ることもあります。望みを託してプレシジョンメディシンに到達したものの、そこで諦めざるを得ない瞬間が出てくることもあるのです。
明星先生:例えば、がんのせいで死んでしまった場合は諦めがつくかもしれませんが、お金がないために治療を続けられずに死んでしまうと、家族は自分たちがお金がないためにこの人を死なせてしまったと感じるかもしれません。
野村先生:その通りです。これは非常に深刻な問題で、今回の症例でもおそらく1ヶ月か2ヶ月後にその瞬間が来るかもしれません。そのため、プレシジョンケアチームが生活や家族の心の支援をすることが必要になります。
明星先生:今回の症例の患者さんは、経済的な理由から、薬を半分の量で始めることになりました。こうした実臨床の判断は難しく、医療は科学であると同時に全人的な医療も重要です。
今回の症例を通じて、看護師や在宅医療の先生と連携する重要性を改めて認識しました。
プレシジョンメディシンの未来
明星先生:これからプレシジョンメディシンは間違いなく広まっていくと思いますが、その実践ができる医師が少ないのが現状です。薬物療法専門医が適していると考えますが、年間で50人しか合格者が出ないという難関資格です。したがって、がん患者さんの治療を追いつかせるためには教育も重要です。
織田先生:薬物療法専門医の資格は非常にハードルが高く、特に内科学のベースが求められるため、外科系の医師にとってはさらに取りにくい状況にあります。また、ゲノム医療には遺伝医療や病理学的アプローチも含まれますので、それぞれの診療科や専門領域の医師がゲノム医療に対する理解を深めていくことが重要です。
私は大学で教育に携わっていますが、この分野における学生たちの興味関心は非常に高いです。一方で、何十年も医師をしてきて一切ゲノム医療に触れてこなかった医師がゼロから学ぶのは難しいかもしれません。
若手を育てることが重要で、基礎からしっかりと学べば、十分な教育が可能です。一般的な専門医の資格にがんの治療経験を含めることで、若手の医師が育っていくのではないかと思います。
野村先生:我々の医療機関でも、在宅医療連合学会の教育医療機関となっており、多くの学生さんや研修医が勉強に来ています。その中にプレシジョンメディシンの講義を取り入れたいと思っています。
また、制度的なギミックも重要です。2000年から介護保険制度が始まり、ケアマネージャー制度も導入されたことで在宅医療が一般的になりました。プレシジョンメディシンに関しても、経済的な面での公的保険と自費保険の組み合わせなど、さまざまな仕組みが必要です。
榊先生:私は臨床現場には立っていませんが、ヒトゲノム計画の経験からいうと、広く知ってもらうためにはジャーナリストや新聞記者の役割も大きいです。彼らが勉強し、良い記事を書いてくれることで、社会に広まっていきます。
日本でも多くのがん保険が出ていますので、保険会社と医師が協力して新しい治療法を進めるやり方もあるかもしれません。
また、AIや人工知能が的確なコメントを出せるようになる時代が来ると思います。専門家が集まって議論する前に、標準的な答えをAIが提供するような世界に変わる必要があります。
明星先生:私も民間保険は重要だと思っており、少しずつ活動を進めています。がんと診断された全員が保険に入ることで、金儲け目的の医師が増える可能性があるため、認定のクリニックや医師を設けることを考えています。
AIについては、私が今まで見てきた100例以上の患者さんのデータを活用し、メドピア株式会社とコラボしようと考えています。
本セミナーを通じて、プレシジョンメディシンの可能性と課題が明確になりました。今後も引き続き、学術的な議論と実践的な取り組みを進め、日本のがん医療のさらなる発展を目指していきます。患者さん一人ひとりに最適な治療を提供するために、医師たちは挑戦を続けます。
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